妊娠中や出産前後には、前に紹介した事例のように、元気だった妊婦さんがある日突然帰らぬ人になってしまう、ということもあります。たとえ妊婦健診を真面目に受けている人でも、そうした悲劇が起こる可能性は残ります。
妊娠中や分娩時に特有の命に関わる代表的な疾患には、以下のようなものがあります。
・産科危機的出血
妊産婦死亡の原因疾患でもっとも多く、全体の3割近くを占めます。妊娠中や分娩時、分娩後に生命を脅かすような多量の出血を起こすもので、妊産婦の300人に約1人は起こる合併症です。大量出血になると血圧や心拍、意識状態が低下して出血性ショックを起こします。そうなると全身の臓器に十分な血液や酸素が運ばれなくなり、最終的には多臓器不全の状態に陥り、命を奪います。
・胎盤の異常(前置胎盤、胎盤癒着、常位胎盤早期剥離)
前置胎盤は本来、子宮腔の奥(体を起こした姿勢では上側)に位置しているはずの胎盤が、子宮口をふさぐような位置(下側)にあるもので、分娩時に子宮口が開くと大出血を起こします。胎盤癒着は、胎盤が子宮壁と癒着しているために分娩後に胎盤がうまくはがれず、出血が多くなります。先の事例の常位胎盤早期剝離も、妊娠中のもっとも恐ろしい胎盤の異常の一つです。
・羊水塞栓症、肺血栓塞栓症
分娩時などに、子宮の筋肉の小さな傷や子宮内腔の破れた血管から、羊水中の胎児成分が母体の血液内に入ってしまうことで発症します。母体の血管に入った羊水の成分が肺などの毛細血管に詰まり、突然の呼吸困難や胸痛、そしてDIC(播種性血管内凝固)から妊婦死亡などを起こします。
羊水の流入による塞栓(血管の詰まり)を羊水塞栓症、それ以外の母体内にあった血栓が肺の血管に流れて詰まったものを肺血栓塞栓症と呼びます。この二つの塞栓症を合わせると、妊産婦の死因の2割強に上ります。
・脳血管疾患、心血管疾患、高血圧
妊産婦の死亡原因の中で意外に多いのが、これらの疾患です。図1を見ると脳出血とくも膜下出血脳血管疾患が合計19%、大動脈瘤破裂や不整脈などの心血管疾患が11%、合計30%を占めています。妊娠高血圧症を発症している人や生活習慣病をもつ人、高齢出産の人はさらにリスクが高くなります。
こうして見てみると、妊娠や分娩はそれ自体が、母体にとって大きなリスクを内包している状態だということが、あらためて理解していただけると思います。