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すべての妊婦さんに知ってほしい無痛分娩の“本来の目的”

最近は、分娩方法の一つとして「無痛分娩」に注目が集まっています。

特に初産の分娩時の痛みは、人生で経験したことのない激しい痛みとも表現されます。それを聞いて「痛みを緩和してラクに出産できるなら、そのほうがいい」と単純にそう思う人がいるのも、無理はありません。産院でも無痛分娩を“売り”にして、妊婦さんを集めているようなところもあります。

しかし本来の無痛分娩というのは、ただ「痛みをとってラクをする」ために行うものではなかったことをご存じでしょうか。

当院でも、無痛分娩をされた妊婦さんは大勢いらっしゃいます。それがどういうものなのか、一つ事例をご紹介します。

30代後半で結婚・妊娠されたEさんは、妊娠中はおおむね順調に過ごされましたが、予定日より2週間ほど早く、子宮口が十分に準備できていない状態で陣痛が来てしまいました。

通常の経腟分娩の場合、間欠的に押し寄せてくる陣痛の痛みをやりすごしながら陣痛室で子宮口が開くのを待つのですが、Eさんは陣痛開始から24時間以上が経過しても、出産に向かって進行できる状態に至りません。超興奮状態となり、医師からの指示も聞けなくなってしまいました。

強い痛みと興奮でEさんの体力の消耗も激しく緊張も過度であったことから、私たちはそこで無痛分娩を行うことを勧めました。疼痛が緩和されたのを機にEさんのお産は劇的に変わり、分娩の進行に従った対応ができ、無事に出産してわが子を抱くことができました。そのときのことをEさんは、こんなふうに話してくれています。

「処置をしてもらうとそれまでの痛みが嘘のようにやわらぎ、興奮せずとも我慢できるようになりました。お腹の張りに合わせていきんで、赤ちゃんを外に出すことに意識を集中できました。院長先生に言われた『痛みをとって自分にできた余力を赤ちゃんに注ぐように』という意味がよくわかりました」

分娩の際、強い痛みが続くと体力を消耗したり、緊張で筋肉が固くなったりしてお産が進まなくなることがあります。あるいは痛みで一緒の混乱状態に陥り、陣痛に合わせていきむといった必要な動作ができないケースもあります。

そのように痛みが分娩の進行に対して何か“悪さ”をしているときに、それをやわらげて、赤ちゃんをラクに外の世界に導いてあげるようにする産科テクニックのひとつがが、本来の無痛分娩です。

ですから、特にリスクやトラブルがあるわけでもない人が、ただ痛みを避けるためだけに、最初から無痛分娩を決めるというのは、少し話が違います。

また無痛分娩は、痛みをコントロールして安全に分娩を進める産科のマネジメントの一つとして行われるものです。ですから産科医であれば、無痛分娩に対応できるのは当然のことであり、無痛分娩を得意げにすべての妊婦さんに勧める、というのもおかしなことである、と私たちは理解していました。

これから出産に臨む人たちは、こうした意義や目的をよく理解したうえで、無痛分娩という技術を上手に活用してほしいと思います。

ただ、痛みに対してあまりにも恐怖心の強い方は、あらかじめ無痛分娩を選択しておくのもいいと思います。お腹を痛めて産まないと良い母になれないなどということは、全くありません。お母さんと赤ちゃんに最適な方法を選択するだけのことです。

無痛分娩もお産には変わりありません。心構えはしっかりしてください。無痛分娩における麻酔は、痛みが分娩の進行を妨げるとき、それをやわらげてお産を本来の進行に従って進めやすくするための「テクニック(道具)」であって、「主役」ではありえないのです。

もう一つお伝えしておきたいのが、無痛分娩を安全に行うには、「分娩」と「麻酔」、この両方の知識と技術を分娩医が同時に持っていることが必須だということです。つまり、麻酔の技術があれば誰でもいいわけではなく、分娩の流れがわかった上で、その状態に応じて麻酔を調節する必要がある、高度なテクニックなのです。

最適なタイミングで最適な治療を提案してくれる、そんな産科医を選んでいただきたいと思います。

小川 博康
監修:小川クリニック院長 小川 博康医学博士/日本産科婦人科学会専門医

昭和60年 日本医科大学卒業。同年 同大学産婦人科学教室入局。 平成9年 日本医科大学産婦人科学教室退局後、当クリニックへ帰属。 大学勤務中は、一般産婦人科診療、癌の治療を行い、特に胎児診断・胎児治療を専門としていた。「胎児に対する胎内交換輸血」 「一絨毛膜双胎一児死亡例における胎内手術」など、世界で一例しか成功していない手術など数々の胎内治療を成功させている。

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